月曜日, 6月 09, 2008

パーツインプレ:NNL690

 ランカスターにIRIDIUM TOUGHをつけて燃費が伸びた話で思い出したが、オイル添加剤NNL690も燃費に効く気がする。むかし海外通販のdemon tweeksで売っていたので買ってアクティとランカスターに入れたのだが、エンジンの掛かりとだらだら走ったときの燃費はやはり入れた方が良い。ランカスターの燃費に関しては最近全然距離が伸びないので信憑性がないのだが。でもちゃんとした評価をしている人 http://www.asahi-net.or.jp/~VS6N-MRYM/ が居るからご参考に。まあ塩素系の添加剤なんで、むやみに使うと廃油の処理がしにくくなるとの話も聞くのであまりはやらないほうが良いと思う。オイルそのものが添加剤の塊なんだし、気にしなければそのほうが幸せだろう。
 それでも(DENSO IRIDIUMの効果もあってか)エンジンの掛かりの良さは4年半経過デルコバッテリで週1回のドライブも不安がない。一瞬でかかりブリッピングもくれないのにウォン!と盛大に吹けてしまう。吹け過ぎるのはオイルが落ちて油膜がなくなっているからでもあろう。でもたぶんNNL690がドライスタートに負けず保護してくれているのでは、という期待は心の平安につながっている。実体はどうなのか分からないが。オイルは日産純正ストロングセーブ・X。不満なし。日産のディーラーにタイヤ交換ついでに安かったCastrol GTX DC-TURBO SM 10w-30を持ち込むという迷惑なことをしてみたら間違えて交換工賃のみで充填してくれた。GTX(ネットでは評判悪いな)は未使用で残ってる。次回もう一度持ち込むがまたストロングセーブを入れられるかも知れない。不満はないが。
 スバル車なのに何故に日産?前回のタイヤ交換でスバルのディーラーの対応がいまいちだったというだけ。エンジンオイルは国産メーカ純正の5W-30以上の粘度ならどれでも良い。オイルは高温で使用したら即交換、熱がかからないならEJ25でも1万キロごとか1年に1回も変えれば充分。SMグレードはロングドレイン適性も項目にあるし。安物オイルでもSMでドーナツマークとスターバーストマークがあれば、正しい運転をしている限りオイルのせいでぶっ壊れることはない。

パーツインプレ:DENSO IRIDIUM

プラグを変えると、走りが変わる、か?
変わります。
1:アクティGD-HH5+DENSO IRIDIUM POWER IK24
 超自動後退で購入、取り付けはめちゃめちゃ簡単なのだが何となくお店でやってもらった、そしたらアホほど締め付けられた。プラグの締め付けトルクは結構繊細なんだよ?
純正プラチナプラグの熱価は20のところ、高速全開で120キロ(単位不明)付近で盛大にノッキングするため一気に2ランク冷え側に。そしたら125キロ(単位不明)までノッキングしないようになった。でもCastrol RS SL 10W-50との組み合わせで冬の朝のエンジンの掛かりが悪いこと。ごほごほ、バルルン。ぼっぼっぼっ。猛烈にかぶる。取り外してみたらカーボンがかなり堆積していたが、さすが0.4mmイリジウム電極だけはキレイだった。普通のプラグの24番ならこうはいかなかっただろう。

2:ランカスターGF-BH9+DENSO IRIDIUM TOUGH VK20
 ヤフオクで購入、水平対向のプラグを自力で変えるガッツはなくディーラーに持ち込み。超自動後退は取り付け方はアレだがちゃんと取り外したプラグを箱に入れて返してくれた。しかしディーラーは何の断りもなく廃棄。まだ35000キロで純正のプラチナプラグは充分に寿命を残していたはずだし、なにより使用後の状態を見たかったのだが。スバルのディーラーはとにかくXX(自主規制)だ。最高のクルマとXX(自主規制)のディーラー。で、なんで寿命でもないのにプラグを変えたかというと、水平対向+アイドル規制初期のクルマということでアイドリングがどこどこぼこぼこと揺すられる感じを何とかしたいと考えたから。結果的にアイドリングは何も変わらなかったが、燃費が良くなったように思う。とくにちんたらちんたら走ったとき、ちょっとしたトルクの余裕が効いてくるのではないか。エアコン入れると2馬力食われて燃費が悪化するように、プラグで1馬力ぐらい変わっているのかも知れない。
 ところでIRIDIUM TOUGHとIRIDIUM POWERで寿命が3倍違うが点火性能はどんだけ違うのだろう。ランカスターはたんびに交換したくないのでTOUGHにしたのだが。

3:初代ストリーム前期RN1 + DENSO IRIDIUM TOUGH VK22
クソ遅い(別項)ストリーム君のトップエンドでの粘りを期待して熱価を1段あげてみた。もともとついてた普通のプラグよりVK22はギャップが広めで、若干始動性が落ちた?普通ならVK20で充分でしょうな。D17A VTECをガンガンにブチ回す時の高回転でのもたつきが改善された。焼けは問題なし。

現代のクルマはノックセンサーで点火時期を調整しているから、変なプラグでもそれなりに走るが、やはりトップエンドではちょい冷えのiridiumを使うと点火リタードもなくパワーも出しやすいように思う。ノックセンサー付きでノッキングの差が出るというのは相当な違いだ。

わたしを通り過ぎた愛車達その9

いすゞ・mu(初代)メタルトップ2.8DT

 RVブームに乗っかって・・・というよりスプリンターで雪の塊を乗り越えられなかったリベンジとしての姉貴の選択。これはもう見た目が最高。全長が短く、基本5ナンバーのボディにブリスタフェンダ、太いタイヤ、上下に薄いキャビン、ぶっといBピラー、DIN角目2灯、メッキグリルに鉄ちんバンパ、スキッドプレート風純正ガードバー、背面タイヤ。メーターフードの左右にごついボタンのくっついたサテライトスイッチ、実に効果的なベンチレーションをもたらす三角窓、ごつくて若干ガタのあるバスを思わせるATセレクタをごちっとDに入れてアクセルをべたっと踏み込むとごわーーーーーーーーーーーーと長閑な咆吼を立てる4JB1。アイシン製マニュアルフリーハブ、リーフリジッドのリアサス。素晴らしき20世紀のトラック。とにかく最高に鉄の塊感があった。ドアも鉄板の厚みか何か理由は分からないがとにかくエルフのドアに感じがそっくりというか、乗用車とは違うオーラがあった。
 こんなすてきなmuであったが、姉貴曰く「冬の暖気に時間がかかる」「走らねぇ」でやっぱりドナドナとなる。

わたしを通り過ぎた愛車達その8

ホンダ・CR-V(初代)

 パジェロがナウかったRVブームというのがあってだな、今では信じられないだろうが。で、親父殿もRVづいたのだがアスコットでホンダが気に入って次はこれ。無塗装バンパの初期型なのでシングルグレード。ついにCD-ROMナビゲーションがついた。初めてのコラムシフトだがゲートが曖昧でNとD4とD3の切替は熟練を要した。
 オデッセイに始まりステップワゴンやS-MXにつづくホンダのクリエイティブ・ムーバー一族。RVブームに乗り遅れたままCR-Xやらなんやら極端に車高の低い、カートのようなクルマばっかり作っていたホンダが、突然ぶち切れたがごとく連発した今までにないRV群。オデッセイはCEアコードベースで他はEGシビックベースという違いはあれど、どれもびっくりするほどルーミーで、視界が広く、室内が明るく、内装は豪華ではないがシンプル&クリーンで、使いやすく、実に気分のいいクルマたちだった。たしかに新しい価値観をクリエイトしたと言えるのではないかな。残念なことに1代限りのS-MXをのぞいて2代目はどれもキープコンセプト、3代目でテーマが崩壊してぐちゃぐちゃになっている(まあ、見た目で損している部分が大きいが)のだが、初代はハードウェア的には急造のやっつけ仕事といえそうなのに専用プラットフォームをおごった後継者たちよりずっと乗って楽しいクルマだった。
 CR-Vもお気楽シティ・クロカンだのデュアルポンプなんちゃって4WDなんだのとハードウェア的には評価が低く、アンダーの強いハンドリングも評論家の言うドライビング・プレジャーに欠ける。だが、シビック譲りの何とも言えない軽快感、それに広い室内と高いアイポイントが組み合わさると、なんだかとっても楽しい気分にさせられたものだ。たしかに4WDはなんちゃってだが、最低地上高があるから大概の悪路はどうということはない。マッドボギンやヒルクライムやるスキモンではないのだからこれで充分。
 シビックのB16をベースに4連スリーブにして無理矢理ボアアップしたB20BDOHCエンジンも色気はないがあらゆる意味で軽く、CR-Vの楽しさを引き立てていた。そういえばZC搭載ワンダーシビックSi以来、DOHC PGM-FiなのにSiを名乗らなかったのはNSX以外ではB20B搭載車くらいなのでは??VTECだろうがなんだろうが、実用型エンジンにはやたらSOHC16VALVEにこだわるホンダにとって異色のDOHCであった。
 ライバルの初代RAV4とはFFベースとFRベースの違いはあるものの、軽さを味に昇華させた点でよく似ていたといえる。後継者が初代を超えることがなかったのも共通といえそうだが。
 HONDA NAVIGATION SYSTEM搭載。CD-ROMの憎いヤツ。この頃のナビは実用性より雰囲気だな。

わたしを通り過ぎた愛車達その7

日産・ローレル1800LR(C32)後期型

 大学時代の免許合宿の相棒。それまで親父殿のアスコットやら大学の自動車部の910ブルーバードHTやら一発免許狙いで免許センターのマークIIX80系セダン1800GRとかで練習はしていたが、仮免を取って初めて公道を走ったのがこれ。走行10万キロ、シフトレバーはぐでんぐでんのごそごそだがシンクロはちゃんとしておりガリったりはしなかった。ボロでも四角いFRセダンで取り回しが最高。ボンネットの先っちょをクランクの縁に合わせてハンドルをぐりぐり切るだけで難なくクリア。同じ教習所でも当時新車のU13後期ブルーバードセダン(そこそこ売れたHTのARX系でなくたれケツで不評だったSSS系)があったが、乗りやすさでは圧勝していた。U13はドアミラーだったし。四角いショートホイールベースFRセダンではコンフォートにも乗ったことがあるが、これまた爆発的にハンドルが切れてぐいぐい曲がれて楽しい。狭くて曲がりくねった道でも四角いボンネットをつっこめさえすればどこでも通れそうな気がする。でも、コンフォートを教習車に使うのはどうなんだろう?あまりに楽すぎて他のクルマに乗る練習にはならない気すらする。
 トルクは細いながらも適度にへたったクラッチのおかげもあり、シフトをさぼった2速発進でごろごろと場内を走り回ったり、アクセルをあおるだけでべちゃっとクラッチを戻して坂道発進したり。丁寧な運転を心がければ快適性もまずまずで、路上教習で教官がうとうとしそうになることもあった。

水曜日, 5月 21, 2008

わたしを通り過ぎた愛車達その6

トヨタ・スプリンター(AE91)1500XEサルーン

EG系スポーツ・シビックを買いに行ったと思った姉貴が何故か買ってきた。何でも良かったらしい。ギャランΣみたいな赤い内装とフカフカシート。歴代カローラシリーズの中でも屈指の完成度を誇る名作だと言いたい、抜群の扱いやすさと良くできてる感。全体的に小さいのは仕方ないとしてこれで良いではないか何がいかんのだと思われた。しかし姉貴曰く「走らねぇ」。しかも雪の日に除雪した後の雪だまりを175/70R13タイヤで乗り越えられなかったのが許せなかったらしく、早々に乗り換えることになる。つつましやかな昭和の良さが残る最後の世代のクルマであった。

Lancasterは古女房か?




値段の割にきわめて良くできており、全く心躍らせるところはないが、ごっつい安心感がある。
ずっと乗っているときわめてまっとうな空気のような存在でだんだん下らない欠点が目についてくるが、しばらく間を置いて乗ってみると「ええクルマやなぁー」と思ってしまう。Lancasterはそんなクルマ。

たっぷりしたストロークのサスペンションとスバルAWDの組み合わせは全く安定しきっており、へたっぴが少々乱暴に運転したところで全くどうということはない。つまらん。でも悪路、悪天候、緊急事態においてこれほど心強いクルマも少ない。

2500DOHC AVCSでたったの167ps、3速でカバーできる145km/hまでならそれなりに走るが150km/h以上では全く余裕がない。サーキットでの話?のレベルだからまあこれで構わないが、刺激は全くない。

何の変哲もない4ATは4速100Km/h巡航時に2400回転も回ってしまうが、それでもロングドライブではハイオクとはいえリッター14kmをコンスタントに叩きだしてみたり、たまに何かの間違いかと思うぐらい走ってしまうことがある。

アイドリング時はスバルサウンドというか、ぼこぼこと排気干渉が起き、しかも排気管廻りにガタが来ているのか結構でかいこもり音がする。うんざりしつつ走り出すと結構静か。クルマは静かが一番。そしてブン廻すとエンジン音がちょっと格好良く、それでいて排気音は静かで近所迷惑にもならない。日産のFM兄弟、VQ-HRを積むフーガとスカイラインV36もなかなかすっきりしっかりした乗り味で魅力的だが、ブン廻したときのエンジン音は踏んだ本人がビックリするぐらいでかい。音質は決して悪いものではないしスポーティと言えばそうだが、個人的にはもう少し静かでも良い。

椅子の座面はサイズはまずまずだが徐々にオシリが沈み込んで表皮が突っ張り、長く座ると疲れる。背ずりをもう2-3度立てたい。テレスコがついてなくてやっぱりハンドルが遠い。でも後にアウディが造形をまんまパクったインパネは使いやすく視覚的にすっきりしており、momoのウッドとレザーのコンビハンドルはでかく、握りが太く、持ちやすく、滑らず、感触良く、見た目が最高にオッサン臭く大変気に入っている。左足ブレーキが無理なく出来るのも良い。

マッキントッシュブランド(クラリオン製)のオーディオは決して高音質ではないが低域が充実しており、かといって音圧系のような下品さもなくあらゆるジャンルの音楽を楽しく聴かせてくれる。目くじらを立てればいくらでも立つが、ぼけっと聞いているとたまにオッと思わせる表現をすることがある。オルガンの音が好きで70-80年代の英国のハードロック、プログレッシブロック、NWOBHMをメインに聞いているが、イエス「究極」のとくに3曲目"Parallels"、あるいは渡辺貞夫1980年武道館"No Problem"なんかを大音量で聴きながらドライブするのは至福というほかない。おっさん過ぎる。

momoステとベージュのシートと並んでLancasterのおっさん臭さに寄与しているのがウッド調パネル。よくあるウォールナット柄ではあるがあえて明度、彩度とも抑えてあり、落ち着いた感じで造形的には明らかに本物ではないが本物の雰囲気は良くでている。カー用品コーナーに置いてある木目調カップホルダとか、アフターパーツのウッドパネルとか、ああいう胡散臭さが全くない。何故かトヨタは木目調パネルが壊滅的に下手なのだが。柄は精巧だが鮮やかすぎてかえってプリントの網点がよーく目立ってしまう。離れてみてもぼんやりモアレのようなパターンが感じられて気持ち悪い。視力2.0な奴が悪いのだと言ってしまえばそうだが。トヨタの本木目パネルも彩度が高すぎるように感じてしまう。実に惜しいぞ。レクサスLSのアッシュバールだけはお気に入りだが買えないぞ。

メータ+インパネ+ダッシュの造形はAudi各車に丸パクリされとるぞ。あっちのほうがカネがかかって見えるから丸パクリじゃないか。Audiみて「コレ欲しい」と思ったが、自分の車に戻ったら全く代わり映えしないことに気がついた。シート形状もVWみたいだ。

乗ってどっしり、もっちり感があり、視界が良く、見切りが良く、小回りも結構きき、後ろに乗っても椅子が高くて見晴らしが良く、キックアップルーフのワゴンのおかげでマジェスタのように天井に頭がくっつくこともなく、今や希少なサッシュレスドア。駐車場に止まっている姿もなかなか格好良い、と思うのは変態なのだろうか。ともかく地味に、ボディーブローのように良さが効いてくる、憎めない奴です。

日曜日, 5月 18, 2008

わたしを通り過ぎた愛車達その5

ホンダ・アスコット(初代E-CB4)2000FBX-i 4AT

ホンダなんて原チャリ屋さんーと思っていたオヤジ殿が突然ホンダに目覚めた。それまでホンダなぞ比較検討の俎上にも載らなかったのだが。モノはスポーツグレードの2000FBT-iをエリック・クラプトンが宣伝していた初代アスコット、"Ladies and Gentlemen,This is 90's ACCORD"の兄弟車ですな。

グレードは上から2000DOHC PGM-FiのSi、同SOHCのFBX-iとFBT-i、それのキャブ版のFBXと1800のFBX、FBだったかと。Dジェトロニック・・・ではなくPGM-Fiで我が家初の燃料噴射を体験することになった。馬力もネットで130PS、前のギャランΣのグロス110PSなぞ比較にならない。我が家の愛車に「速い」という新たな価値基準をもたらした上、燃焼が安定していて実にスムーズであった。エンストするなんてありえない。

やはりこれもオヤジ殿が見た目につられて買ったのである。が、 自分としては6ライトの処理がリアドアの三角窓のせいで実質8ライトになっているところとか、リヤのテールランプ間はナンバーではなくガーニッシュで埋められているところがいまいち納得いかず、アコードの方がよろしいなと思ったが、それでも90年代初頭のホンダらしく車高べったべたな感じでスタイリッシュではあった。5ナンバーフルサイズ、ついにドアミラー。

装備的にはどうだろう・・・もはや現在(2008)とあまり変わらない?と思ってしまうが、いやいや、カーナビは普及してないしCDプレーヤもチェンジャもオプション、DVDなんてそもそも存在しないし、運転席エアバッグもオプション、助手席はそもそも設定がなかったのでは?ABS(この時代のホンダは4w-ALBと呼称していた)もオプション、そのかわり機械式4WSが装備されていた。4WSは一世を風靡したがいまやほとんど絶滅してしまったな。日産はほとんどムキになってるが。

細かく言えばオプティトロンメータもHIDヘッドランプもない時代だったが、バブルにいたってようやくクルマが「衣食足り」たように思う。この頃からパワーなどの単なるカタログスペックだけでなく、車体剛性や防錆処理、塗装品質といったもっと手間とコストのかかる商品価値に目が向くようになり、日本車の寿命がどんどん延びていくことになる。

OEタイヤはDUNLOP Windsor(パターンコード失念)185/60R 14。アスコットにウィンザーって英国趣味だな。このころのホンダはROVERに技術供与してたしなあ。Windsorと聞いてFord V8を想起するのももちろん間違いではないが。
実際に英国で発売されたのはアスコットイノーバ・・・ではなく、それに似てるけどHTではなくてセダンタイプの5ドアの英国アコードですな。これの4ドアの兄弟がROVER 600か。これは見た目が実に良さそうであったが中古が爆安。思わず買おうとしたら英国伝統の品質でミニばりにぶっこわれること、その割にパーツの廃盤が鬼のように早い(っていうかROVER自身がBMWに振り回された挙句破綻した)ことで諦めることになった。
そういえばWindsorからMichelin MXTに換えたら見た目が地味になったがノイズが穏やか、あたり柔らか、グリップそこそこ、多少の雪でも苦にしないなど、バランスが向上したな。

購入時に比較対象となったのはX80系マークII後期、ビスタHT、C33ローレルとセフィーロ、ディアマンテか。マークIIはセダンだけだったと思うが、古い7M-GEを積んだ3000グランデGという下手なクラウンよりよっぽど高い変なグレードがあった。こんなもん誰が乗るんだろうと思っていたら、しこたま収賄して捕まった国の役人がこれに乗っているのが写真に写っており、クルマ好きの友人と大笑いしたものだ。売れ筋は勿論ハードトップの1G-FE搭載2000グランデだが、1JZ-GTE搭載のGTツインターボがあるかと思えば2400ディーゼル/1800スーパーカスタム(リアサスはリジッドで古い設計のホーシングのためリアタイヤがフェンダーの奥に引っ込んでいる・・・つまりフロアパン含め現在のXSクラウンセダン/クラウンコンフォート/コンフォート兄弟と同じもの)まであり百家争鳴の感があった。

ビスタHTは見た目実にボリュームと高級感があった、ちいさなセルシオと言いたいぐらいだ。レクサス開業時には初代セルシオがLSとして投入される一方、この頃のビスタHTより1世代前の兄弟車、初代カムリプロミネントV6が初代ESとして投入された。このプロミネントはレクサスというには若干貧乏くさく、2代目まで待てばよかったのにと思われた。結局ESは早々に"Are you windom(初代)?"に取って代わられることになる。

C33ローレルもマークIIほどではないにせよ、いろいろなグレードがあった。売れ筋はやはりRB20E搭載2000メダリストだとして、RB25DETクラブL、RB20DETターボメダリスト、RB25DEクラブS、RD28(ノンターボ)メダリストなんてのもあった。RBエンジンに派手な外観で走り屋にも好まれたが、このローレルはピラーレスHTで車体やわやわ、電柱にぶつけたら車体まっぷたつというおもしろカーでもあった。一方セフィーロは形は未来的丸餅デザインにS13同様のエリプソイド=プロジェクターヘッドランプ、キャッチコピーはくうねるあそぶ、あるいは井上陽水が「お元気ですか」と語りかける(あげくに昭和天皇危篤だというのにお元気ですかもなかろうという妙なバッシングを受ける)、脱力系ではあったがボディは普通にピラー付きのセダンであり、実はローレルよりまじめだったという。

税制変更で3ナンバーが身近になった丁度そのとき、3ナンバー専用ボディと2500CCエンジンという時代の寵児をひっさげて華麗にデビューしたのがディアマンテ。内装、外装とも日本車離れしつつどこかの明らかなパクリでもない、あえていうならビーエム臭いが一番似ているのがノイエ・クラッセのアヴァンギャルド、BMW2000であるからパクリというのはかわいそう、というとんでもないおしゃれさんにオヤジ殿もわたしも過去の三菱を忘れて興奮したものだ。生産中止となったトレディアとギャランΣの屍とゾンビ化したランサーEXを踏み越えて生まれた新生ギャランに続き、特徴的な凹面でボディ全周をぐるりと囲み(観光バスの2代目エアロバス・エアロクイーンにまで波及した、これは初代のセッサーノデザインに続く三菱なんでもフルライン現象)、メカニズムはオールホイールコントロール、即ち4WDと4WSの組み合わせ。日本の高級車、というよりアウディ・クワトロ以外の高級車に4WDというジャンルを普及させた先駆けといえよう。(実質ディアマンテのクーペである)GTOと同じメカを持つトップグレード、30R-SE 4WDはバブル崩壊までのほんの一瞬だけにせよ、燦然と光り輝いたのである。もちろん売れ筋は25V-SE、25V、20Eといった普及グレードではあったが、ライバルより2500比率が高く、車格は上だったといえそうだ。

実はディアマンテのもっともエポックメイキングな点は「コンソールの一等地に置かれたアナログ時計(Jeco製)」にあると思う。目立つアナログ時計というのは当時マセラーティぐらいしかなかったが、ディアマンテの金時計はあっという間に国産各社にパクられ、めぐりめぐって最終型セド・グロのインパネを丸ごとパクったメルセデスW221(現行Sクラス)に至っているのだ。一方でレクサスはこの風潮を嫌ったのか、LSにも素っ気ないデジタル時計しかつけていない。レクサスの想定する顧客のはめている腕時計は、ときによりレクサス1台分を超えるようなとんでもない値段がするのだから変に気取らない方がよいということなのだろう。

わたしを通り過ぎた愛車達その4

三菱・ギャランΣ(FF) 2000 Royal [ELECTRO]前期 ELC4AT

見た目で買ったネタ車、トレディアにもなんだかんだで5万キロ乗り、オヤジ殿ももういい加減三菱に懲りたろうと思ったらやはり見た目につられて買ってしまった。

たしかに平凡だがクリーンなデザイン、たとえばルノー21を和風にしたような感じで好感が持てる。前期型なのでまだフェンダーミラーではあったが。内装は真っ赤、アンバー表示のデジパネ(100km/hになるとブザーが鳴る、それまでのクルマはキンコンチャイムが鳴った)、流行のサテライトスイッチはステアリングコラムにマウントされた三菱独自のもので、コトバでは表現しづらいが、とにかく右側のパネルからフラップ状のウインカーレバーが生えており、左側はエアコンのコントロールであった。もっこりふかふかしたモケットシート。外寸はタクシー小型車枠一杯のサイズにすぎないが、FFらしく広々とした一体型の後席は手動でリクライニングが出来た。

パワステ(リサーキュレーティングボール式だ)、パワーウィンドゥ、エアコンの3種の神器はもちろん、三菱電機DIATONEブランドの純正カーステはついに電子チューンのラジオがつき、カセットデッキもフルロジック、間欠ワイパ、パワーウィンドゥのタイマーやルームライトの残照などをコントロールする"ETACS"なるECUがついていた。

ワイパーはエンジンフードに完全に隠れてしまう"フルコンシールドワイパ"。作動させると一旦ガコッとワイパーユニット全体がせり上がってからワイピングを始める。見た目と空力の良さから世界的にはやったが、レスポンスが悪い、信頼性が落ちる、スペースを食うのでスカットルが高く出来ず、車体剛性的に不利などの理由で現行の大半のクルマが採用する"セミコンシールドワイパ"に落ち着くことになる。フード後端をちょいと持ち上げるデザイン処理でワイパーピボットとアームの一部を隠す方式である。ともあれ全身ハイテク、バブル突入前夜のニッポンである。

ハイテクといえば見逃せないのがECS、Electric Controlled Suspension、要はエアサス。ふわふわでむっちゃ快適よ。ふそうエアロバスでも初代のindependent suspensionに続いて2代目ではECSのデカールが張られていたものだ。

豪華絢爛な見た目に反してメカニズムは当時にしてもかなり質素。
エンジンはELECTROというから燃料噴射かと思いきや、電子制御キャブとのこと。グロス110psを絞り出す、ことになっているが全然余裕は感じない。
アンチダイブ機構がついたエアサスがぶら下げるタイヤはなんと185/70R13ですよ奥さん。13インチ。そりゃ乗り心地もいいわ。これに樹脂フルキャップ(この頃になるとSUV以外の鉄ちんホイールには樹脂フルキャップが当たり前となる。それに伴い鉄ちんホイールのデザインが退化し、見てくれを選ぶならアルミを買え、という風潮になる。初期の樹脂フルキャップは良く飛んで道ばたに落ちていたものだ。)

このクルマはトレディアほどボロではなかったものの、ELCオートマが気絶したり、リアフェンダーのタイヤにかぶっている部分がぐさぐさに錆びて穴が開いたり、パワーがないこともあってどこかひ弱な感じであった。そして最後は定番のエアサスパンク。初代レガシィVZ、初代アルシオーネ、シーマ、インフィニティQ45、フルエアサス車の壮絶な死に様は古今を問わないのでギャランΣだけの問題ではないが、スーパーシャコタンになってあえなく廃車。

良いクルマだと思ったのに。ちなみにDIN角目4灯のタクシー仕様はどえらく長い間(1999まで)継続生産されたようで、さらに個体寿命も長く京都市内で2008年5月現在個人タクシーとして現存していた。2005年ぐらいにもR30スカイラインTiやC32ローレルLRなどが生き残っているなど京都の個人タクシーはとんでもないものが普通に走っているのですが。

この世代のギャランΣは後期になっていよいよバブル最盛期を迎え、シリウスダッシュ3X2(バルブ休止機構付き3バルブOHCユニット)ターボ(のちにサイクロン化される)を積んだ2000スーパーエクシード、2000ロイヤル、1800スーパーツーリング、1800LG、1600LSだのなんだの24ぐらいあるしっちゃかめっちゃかのグレード構成の上、さらに上位シリーズとしてデボネア用V6を積んだ7グレード構成のハードトップ(ディアマンテ・シグマ兄弟に発展する)まであって弱小メーカにもかかわらずダンプから軽乗用車までフルラインを志向した三菱の真骨頂であった(後から見れば愚の骨頂でもあった)時期といえよう。

購入時の対抗馬はいすゞフローリアン・アスカとか、アンチメジャーというか、とにかく変わっていた。アスカはもちろん自社製造の初代。イルムシャーとかはまだなく、LX-E,LX,LJ,LS,LDというようなグレードにNavi5が用意されていたと思う。キャディラックにも兄弟車があったね・・・。シマロン(爆)。シマロン後ろから見るとトレディア前期型に似てる気がする。

わたしを通り過ぎた愛車達その3

三菱・エテルナΣ(FR最終型)

2000スーパーサルーン
トレディアの車検の代車としてカープラザの所長の個人所有車が出てきた。スライディングルーフ付きだったのがうれしかった。売れていないクルマだがなかなか快適で、オヤジ殿も気に入ってしまったようだ。これがまた三菱を買ってしまう伏線となる。

2300ターボディーゼルXL
近所のお医者さんの奥さんがアシ車に使っていた。一度乗せてもらったのだが、ガソリン車とは別物のトルク感ですいすい走り、FRディーゼル乗用車の良さを教えてくれた。

パーツインプレ:DUNLOP VEURO VE301

吸音スポンジ付きの現行VE302の先代モデル。サイズは純正と同じ215/60R16。
夏タイヤはスタッドレスのように素人でも分かる明確な性能指標もないし、音震やステアリング特性など測定機器がなければ主観的判断になってしまうし一般的にあまりインプレとしては信用しにくいものだが、自腹切ったユーザーの意見として。

M+Sタイヤである純正GEOLANDAR G040の中古と比べるのもどうかと思うが、グリップ良くスキールせずあたりもマイルドで荒れた路面でも内装がびりびり共振することが少なく、ウェットでも信頼できる。静音性を強調したタイヤだがパターンノイズは並よりは静か、という感じ。ハンドリングはシャープではないがちょろちょろもしない。もっともこれはクルマの性格によるものかも知れない。
感覚として、トレッドは柔らかいがサイドウォールは硬い。実際、このサイズのVE301はサイドウォールがスチールで補強してある。路面を叩くようないきなりの打音は少なく、ある程度のストロークのある振動はボディ側で吸収してくれ、というスタンスなので(純正サイズが同じ)クラウンなどのそれなりに重量があって剛性もあるクルマ向き。剛性が足りないとドラミングのようなこもり音が出やすく聴き疲れする車になると思う。Lancasterは1.5トンを切る軽量車だが、4WDですべてのバネ下が重いこと(マスダンパー効果)、環状力骨構造は伊達ではないこと、サスのストロークが大きくやわいこと、純正カーペットが分厚く、しかも塩ビのカーゴトレイまで乗っけてることからワゴンとしては例外的に静かでVE301とのマッチングは悪くない。
ハンドリングは足首の柔らかい感じ、道路からの入力、外乱は軽くいなしつつ、ステアリングだけでいきなり切れ込んだりせず、荷重移動とサイドウォールの変形(スリップ)に比例してじっくり正確に曲がる。

見た目も上品だし、それに1本14000円工賃込みなら文句のつけようもない。レグノは高いよ。昔アスコット(初代)に履かせたMICHELIN MXTのような、高度なバランスを求めるあなたに。
5年2万キロ(爆)経過して若干トレッドが硬化してグリップが落ち、気持ちスキールしやすくなったがあまり美点は損なわれていない。

わたしを通り過ぎた愛車達その2

三菱・トレディア(爆)1600スーパーサルーン前期(3AT)

オヤジ殿曰く、「見た目で買った」。子供心に前期型のリアコンビランプ上、トランクリッドとの境にある一文字眉毛のようなグレーのモールが嫌だと思ったが、ほかは実に当時のフランス車調なクリーンでハイテックな感じであった。全体のスタイリングはランサーEX類似で明らかにセッサーノの影響下にあるもの。ただしこちらはより空力指向の世代でトランクはダックテール処理。カタログにもわざわざその旨記載があった。バンパは鉄ちんのメッキバンパを黒のウレタンで巻いた、樹脂バンパ化の過渡期的形態であった。リヤタイアの頭が軽くスパッツ入ったフェンダーで隠れるなどとってもフランス車的。似たようなデザインコンセプトのトヨタ・ビスタ(初代)ほどの見た目のうるささもなく、お気に入り、なのだが、、、。

新車なのにキャブの調整が悪かったのか、アイドルコントロールのバルブかセンサが壊れていたのか、そもそもそういうものなのか、物凄い振動。サイレントシャフトってなんだ。そして始動直後、大舵角を当てて発進しようとすると必ずエンスト。当時のMMC=三菱らしくプラスチック部品へのメッキ加飾の膜厚が厚すぎ1年ほどでばりばり剥がれてくる、ATシフトレバーのロックボタンが割れる、あちこちもげる、シートがほつれる、しかもものすごい静電気、赤のメタリックペイントがみるみる退色する、など猛烈なポンコツぶりを発揮。21世紀にリコール隠しとして開花する三菱の暗黒の序章といえよう。あまりのひどさに本来置き換えるはずだったFRのランサーEXよりも先にモデル消滅してしまった。

マイチェンで5マイルバンパーをくっつけてみたり、リアの一文字眉はなくなったが全体にクリーンさが後退した。1600エンジンは88PS/6000RPM(グロス)だったのが後期は88PS/5600RPMに低回転化されていた。前期モデルはうちの1台、後期モデルは小学校の近くの美容室に1台あったきりで、町で見かけることもなく絶世のレアカーであった。

壊れるのを除けばメカ式AM/FMラジオの他にオートリバースのカセットデッキもついてるし、エアコンがついているし、パワステ(リアウィンドーに大きな"POWER STEERING"デカール付き。キャンターには90年代に至るまで同じものが貼り付けられていた、このパワステポンプのおかげで前述のエンスト連発)、パワーウィンドゥ(後席スイッチのガーニッシュがもげた)、時間合わせの楽なデジタル時計(時報に合わせてボッチを押せば:00にセットできる)、左後席部分だけだがトランクスルーがあり、FFらしくセンタートンネルは低くホイールハウスの蹴られも消失した。ほかにもハロゲン異形ヘッドランプ、作動間隔連続可変の間欠ワイパ、ついに180km/hフルスケールとなったスピードメータと、ホットモデルでもないのに標準装備されたタコメータとかが新時代を思わせた。

そういえば取説には「ステアリングフルロックで15秒以上禁止」ってあったなあ。涼しい顔をしているオーナーの足元で、「潤滑不足!!」と叫んでいるパワステポンプらしき物体の挿絵があってシュールだった。もちろん、前述のエンストは15秒どころかアクセル抜いた瞬間に起こるのでパワステポンプをやたらといじめていたわけではない。そもそも右折でフル転舵なんかしない。どんだけフリクションのあるポンプだったんだ。

1800GSRターボ、1800スーパーサルーンに次ぐ豪華グレード。当時からバブル期に至るまでクルマのグレードというのは死ぬほど多かった。エンジンバリエーションとトリムレベルの組み合わせで20以上が当たり前。トレディアでも1800ターボ,1800,1600,1400にSEとかLG(当時の日本車の普及グレードの定番は「GL」であったが三菱となぜかマークIIだけは「LG」であった)なんぞといろいろあった。カタログの1ページ目写真はたしか海外のヴァンクリーフ&アーペルスのお店の前で撮ったもので、なぜかわざわざその旨のキャプションが添えられていた。C32ローレルがジバンシィとか言う前にブランドづいたか。トレ・ダイヤ(三菱)だけに。デボネア・アクアスキュータムとかもそうだが、一般的知名度を無視した選択が三菱らしい。三菱商事の都合なんだろうが。あとギャランAMG、デボネアAMGはなかなかウケた。

購入時に比較対象となったのはでたばかりのカローラII、カタログに「3A-H」とでかでかと書かれた1500SRがトップモデルだったか。イメージキャラクターはジョン・マッケンローだったと思う。そのほかFR最終期のコロナ(イーグルマスクにセリカなどと同じアルミ、DOHCターボのGT-TRとクーペの直線的なデザインがかっこえぇと思ったものだ)、初代ビスタ。日産や「赤いファミリア」で一世風靡したマツダには行かなかったような気がする。当時のトヨタ・デザインは子供心にかっこいいと思った。2ドアランドウ・クーペやガソリンターボの設定があったクラウンHT(S110系)、初代ソアラ(後期型がすき)、2代目セリカXXと最後のFRセリカ(白目を剥いている前期ではなく、リトラクタブルの後期)、少し新しいところだと赤黒のGT-APEXカラーに金色のスタイルド・鉄ちんホイール装備のカローラレビンGTV(AE86)ハッチバックなどベタだが今でも好きだ。クリーンでハイテックで、当時買ってもらったパソコン(PC-6001mkII(Z80 4MHz+64KB RAM+microsoft N60(m)ROM BASIC。ボイスシンセサイザ内蔵で不気味なイントネーションでしゃべる)+PC-60m43(デジタルRGB2000文字対応CRTモニタ、ドットピッチ0.7mm)+PC-6082(DR-320 CMTカセットデータレコーダ、1200bps 何かの拍子にイジェクトに失敗するとヘッドとカセットが干渉して取り出せなくなる。裏フタ外してゴムベルトのかかったフライホイールを指で回転させてやるとガチャンと言って治る。これ豆知識な。フロッピーって何?食えるのか?))もそうだが、80年代の人々が夢見たわかりやすい未来を体現したアイテムだと思うのだ。

わたしを通り過ぎた愛車達その1

トヨタ・スプリンターE40系

記憶にある最初のクルマ。オヤジ殿の3台目の愛車。4MT。
3代目前期というやつ。50年排ガス規制のシールが助手席側ドアガラス前端に貼ってあり、TTC-C(酸化触媒)のバッジがトランクリッドに貼ってあった。
グレードは1600XL、だったような気がする。
規制対応ってのは必須事項なんで別にわざわざバッジ貼らなくても良さそうなものだが、この頃は各車がCVCCだNAPSだMCA-JETだAPだSEEC-Tだなんてバッジを貼っていた。なかなか凝ったデザインで、ブルーのワンポイントが入ったりして、ノリは2000年代初頭におけるハイブリッドと全く同じ。違うのは、規制対応車の場合はパワーも燃費も激悪だったことだ。

このころのクルマはだいたいどれもそうだが、このスプリンターもエンブレム類が妙に精巧だったり、とにかく見てくれにこだわって作られた感じ。装備は貧弱だが見た目に豪華。
スタイリングは当時の大衆車の例に漏れず、マスタングを基本にダッジなどクライスラー系のエッセンスで上品さ?を醸し出すというもの。エクステリアもそうだし、インテリアも(160km/hフルスケールの)メーターパネルやステアリングホイールなどマスタングのマック1やらグランデやらのそっくりさんだらけ。豪華装備としては助手席側グローブボックス奥に日本電装(丸にND)製クーラが鎮座していた。
このモデルの直後(後期50系頃)から妙に日本車の顔が暑苦しくなってしまい、子供心に大嫌いだった。黒基調にガンメタ塗装やメッキでゴテゴテと飾り立てたグリル、鉄チンのメッキバンパのクリーンさをぶち壊す黒のウレタン樹脂の付加物、無駄なオーバライダ。トヨタはそれほどでもなかったが(安全コロナはたぬきみたいで嫌いだった)、名車初代シビックも好きになれなかったし、チェリーFIIとかサバンナとかあとレオーネとかレックスとかはトラウマ級に気持ち悪くて嫌だった。この無駄なデザインブームはアウディ100に代表される空力指向とフラッシュサーフェス化、異形ヘッドランプの普及ですぐに終息するが、このころの記憶から初代レガシィ登場に至るまで、つまり昭和を通してずっとスバルは大嫌いだったのだ。アルド・セッサーノのおかげか、ヨーロッパ調のクリーンなデザインで通した三菱に興味を持っていた。これはオヤジに似たのか。まあ、そのせいでこの後ヒドイ目に合うわけだが。

シートはビニールレザーとファブリックのコンビというスポーティなもの(ランカスターのに似ている、ただし黒ベース)。後席の脇腹のあたりはリアのホイールハウスに蹴られる、というかその部分はシートクッションがなくてビニールレザー張りのホイールハウスが室内に露出する、という現在からは想像もつかない代物。 大人にはつらかろうが、子供としてはホイールハウスを枕にして寝る、という芸当が出来た。枕としてはクッション性がないので寝心地は悪かったが。

氷上ドライビングスクールで褒められる

クルマだけが(爆)。
オートマ+スバルAWD+3シーズン目のX-ICEでトラクション抜群。
ランエボとかそんなん全然目じゃないし。
そんかわり曲がらない。サイドブレーキが購入時からへたっていることもあり
ドゴッと死ぬ気で引っ張らないとまっすぐいっちゃいます。

まあ、氷の上はともかく、少しでも雪が乗っているところであれば
日常の乾燥路と走り方と同じ動作をすれば、タイヤが同じGを発生して、
クルマが同じ挙動をするというのは驚きであります。
ミッドシップ軽、ACTY Van(GD-HH5)2WDに
トーヨーobserve garit SVをつけたときなど、そもそも発進から滑りまくってたし。
(参照:こちら)
バンでゼロペイロードは条件として厳しいとはいえ、46psですよ?